‘見考生活’ カテゴリーのアーカイブ

アジア人的英語

2006年10月13日 金曜日

北朝鮮が核実験してくれたおかげで、テレビで英語圏以外の外国人、とくにアジア人の英語を聞く機会が多くなった。国連関係者など各国のエリートぞろいだろうが、それでも、中国人の話す英語は文節に「的、了」が入ってる四声調だし、日本人のはのっぺりだし、ハングル英語は語尾がニダに聞こえる。画面を見ずに、今英語をしゃべっている人はどこの国の人だか分かってしまう。

去年、上海のユースホステルで同室の中国人と英語で会話した。彼は上海で開かれる中国ブログ学会に出席する技術者でそこそこの英語ができる。私は「おれ、リンゴが好きだ」、SV、SVC、中学1年生の英語くらい、SVOになるとちょっとヤバいレベル。この2人、お互いの英語の発音がまったく分からないのだ。

上海には旅行できてるのか?という簡単な会話だったが、「travel(旅行)」という単語が通じない。彼は「チャベ(ル)」と言い、私は「トラベル」と言う。え、チャペルってなんだよ、教会か? そういう不毛なやりとりがなんどか続き、私は「ごめん、きみの英語分からないから中国語で話していい?」と、カタコトの中国語でようやくお互いの言ってるのが「旅遊(旅行)」のことだと分かった。

これが英語圏の外国人と英語で話すと日本語発音でも通じるから不思議なのだ。きっと中国人と英語圏の外国人は英語で会話できるのだろう(「中国人の英語は何言ってるか分からない、日本人の方がマシ」という外国人は何人かいたが・・)。なぜか日本人と中国人はお互いの英語が分からない。中国人はたとえば、goodを「クーダ(可的)」と発音する、日本人は「グッド」だからまったくかみ合わない。日本人が英語をカタカナ変換するように中国人は漢字変換してから発音するのでどっちも本来の英語の発音から遠のいてしまうのだろう。

※上海や広東でしっかりした英語教育を受けた人はびっくりするほどきれいな発音なのであくまでもちょっと英語が話せる一般の中国人の話ですが。

今日は買い物に行きました。靴とウインドブレーカーを買いました。

村相撲の風景 DN32

2006年10月8日 日曜日

鴻池新田会所で歴史講演会があったので参加した。秋季特別展「村相撲の風景」の一環としての講演会で、東大阪市に昭和後期まで残っていた弓ヶ濱部屋頭取の長男・山崎隆司氏による「ワシが知ってる村相撲」、大阪歴史博物館学芸員の飯田直樹氏の「大阪相撲の歴史」の2本立て。そう、相撲はスポーツではなくて芸能なんですよ、きみ。

TS350234.jpg山崎氏は自身の父親が勧進元として昭和49年大に阪場所を終えた大相撲の力士を迎えて頭取弓ヶ濱23代目の襲名披露興行を執り行った様子を語った。興行といえば地元の親分との関係によるのは当然だが、親分衆の名前入りのぼりを立てるのに行政からクレームがあり、なんとか習慣だからと説得して立てたなど、いかにも昭和中後期東大阪なエピソードで面白かった。山崎氏は工事会社経営だが、都市近郊農村における有力者が村の娯楽にどのようにかかわっていたかなど相撲を離れて、村落の歴史を考える上でも貴重な話だった。村相撲の伝統は現在、すでに途絶えている。

村芝居や村相撲など都市近郊農村における自前の娯楽・興行機能は、昭和後期までは映画館などに形を変えながらで脈々と受け継がれていた。子どものころを思い出してみれば、学研都市沿線にも何軒も映画館があったがみんななくなってしまった。果たして、娯楽を求める心というのは梅田、難波のような都心の盛り場だけで吸収できるのか、地方郊外における自前の娯楽・興行機能を復活させるニーズはあるのかと考えた。郊外都市にはショッピングセンターとパチンコとラブホがあればそれでこと足りていそうな感じが漂いつつも。