両親が淡路島に妹夫婦と旅行している。いつも食事時に両親の家に行くだけなのでそれほど生活に影響はないのだが、開放感と空虚感がない交ぜになった気持ちになるのは子どものころにすり込まれたものだろうか。一日中寝ていた。書くことがないので先日、京都・ひとまち交流館で見た映画について。
ガーダ-パレスチナの詩-
パレスチナ問題をモチーフにした反戦映画なんて見たくねえよと思っていたが、なりゆきで京阪電車に揺られることに。ガーダという一人のパレスチナ女性を1994年から12年、500時間にわたり追いかけたドキュメンタリーフィルム。映画の冒頭に23歳だったガーダが最後には35歳になっている、ちょうど同世代に生きるものにとって自分の来し方と重ね合わせることができ、退屈はしなかった。
おもしろいのはフィルムが進むにつれ、どんどん映像のテーマ、撮影者のモチーフと言えばいいだろうか、が変わっていくことだ。12年の歳月は撮影者の古居みずえ、被写体のガーダ、それぞれのものの見方を深めた。23歳のガーダはイスラム社会のジェンダー(強固な男尊女卑的因習)へ天真爛漫に抵抗していく。カメラは自分の考えをいきいきと主張する新しい女性を映している。『イスラム女一代記 青春奮闘編』といった趣だ。
しかし、次第にテーマはそこに住んでいる人にとって避けては通れないパレスチナ問題そのものに移っていく。銃声が響き、がれきの山が残る、親せきが死ぬ。ガーダは大学で学び、真正面からパレスチナ問題を捉えようとする。被写体と撮影者の問題意識が同化していき、ガーダは徐々にカメラの視野から消えていく。フィルム後半でイスラエル侵攻以前の平和なパレスチナを知っている古老を訪ね歩き、歌いつがれるパレスチナのうたを聴いてまわるのはガーダなのだ。12年前、ガーダを映すために回りはじめたカメラは、現在、ガーダの目を通して見えているパレスチナの現状を写している。
| ガーダ―女たちのパレスチナ | |
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古居 みずえ
岩波書店 2006-04 |
