2006年7月 のアーカイブ

同世代の歌

2006年7月21日 金曜日

中学生の時、祖父の前で買ったばかりの植木等のCD『スーダラ伝説』をかけた。昭和中期の歌さぞや懐かしかろうと無意識に歓心をかおうとした、今思えばかなりマーケティング違いである。まず、大正元年生まれの祖父は「スーダラ節」当時すでに50歳を過ぎていた。50歳で耳にした歌を75歳になって懐かしいだろうと聞かされてもピンと来ないはずだ。私もいまテレビで流れている歌に30年後愛着をもっているか自信がない。それに祖父は小学生の母を映画に連れて行くときいつも洋画だった。形見のCDはすべてクラシックだった彼が、スーダラ節で喜ばなかっただろう。

世代のイメージは画一化されるが、それは同時代に生きた人のほんの一部のイメージでしかない。1960年代後半に大阪で学生時代を送った両親はビートルズにも関西フォークにも愛着はない。90年代から00年代に生きている私は、小室哲哉も浜崎あゆみもほとんど聞いていないし、ズボンをづり下げて地面に座らないし、彼女がガングロギャルでもない。

でも将来、子どもや孫の世代に問われたとき、大人のバランス感覚でこう答えるんだろう。10回も行ったことないのに「夜な夜なクラブ通いね。おれらのころはディスコじゃなくてクラブ、そうヒップホップ、どちらかというとトランス派だったけどね」、阪神ファンでもないのに「バース掛布岡田の三連発ね、槇原ノックアウトよかったね~。まあ、一番感動したのは、佐野は死んでもボールを離しませんでした、これは泣ける」と。

村上かつら『村上かつら短編集2』収載の「父伝説」を思い出した。悲しい物語だ。

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村上 かつら

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河内音頭の歴史

2006年7月19日 水曜日

7月13日に大阪経済法科大学の「河内学第13回講義 河内音頭の特色」を聴講した。河内音頭については2週連続講座でその前週にも「河内音頭の歴史的変遷」があったのだが、それは寝坊して行けなかった。

講師は音頭研究の第一人者と言われる村井市郎氏。初めて氏の話を聞いたのだが、河内音頭の歴史的変遷を自ら節を実演して説明してくれる。その中には「もう現在ではだれもやっていない節ですが・・」という貴重なものもあり、明治から現在までの節の変遷がざっと理解できた。芸能史研究において、実演できる研究者は非常に強い。

おもしろかったのは、河内音頭は歌詞や節が決まっておらず、基本のリズムがスイング調であることと囃子の旋律が河内音頭風であれば、もはやそれが河内音頭なのだということ。つまり、歌いたい言葉の合間に音頭取りが「ヨホホイホイ」とかけ声をかけ、囃子が「アイヤコラセードッコイセー」「ソーラヨーイトコサーサーノーヨイヤサーッサー」と切り落としさえすれば河内音頭が成立する。すげーフリースタイルじゃん!

ちなみにいただいた村井先生の名刺の肩書きはなんかすごかった。