連休がちょうど金沢のお盆と重なったので、墓参りをかねて金沢旅行。
12時過ぎにサンダーバードで金沢駅に到着した。駅構内の金沢百番街は混雑していてどの飲食店も待ちがある状態、その中でも席数が多くて落ち着けそうな「加賀屋」で昼食をとる。郷土料理の治部煮などつついて、祖母をはじめ6人で家族団らん。みんながタクシーで移動している間に私はホテルに荷物を置いて、フロントで自転車を借りて墓のある寺に向かう。キリコを飾った墓に参って、お坊さんにチンチンチンとやけに御鈴の音が印象的な経をあげてもらう。墓石が一部欠けていたので、来年ボンドかパテを持って墓参りしようと悠長な計画を立てる。家族は加賀温泉に移動するので寺でお別れして、片町から金沢21世紀美術館に向かい、「人間は自由なんだから―ゲント現代美術館コレクションより―」と常設展を見る。2004年に開館した新しい美術館だ。
金沢21世紀美術館で一番のアート作品は建物そのもので(まあ、土地代に70億円、建物に113億円かかって収蔵品などそのほか全部削っちゃいましたというのが本音だと思うが)、芝生公園の中にガラス張りの円盤が出現という斬新なデザイン。外観は三方が道路に囲まれていてどこからでも入れるように正門・裏門といった裏表がない完全な円形で、建物内もガラス張りで向こうが見え、そのときどきに出会うガラス越しの観覧者がアート作品と一体となったパフォーマーの役割を担っている。
たとえば、写真の「スイミング・プール」(レアンドロ・エルリッヒ、2004)は自分以外の観覧者がガラスの向こうにいないとアートとして成り立たない。施設の至るところに何種類ものデザイナーズチェアが並べられて休憩できるようになっており、もちろんイスに座って休憩しているさまもガラスの向こうの誰かにとっては「あのアート作品をバックに○○のイスに座っているイカしたネーチャン」という作品になるのだから気が抜けない。アートを観覧者の手の届くところにまで持ってくると同時に、観覧者そのものをアートにしちゃえよという、実際にそういう設計・展示コンセプトがあるのか知らないが、作品と観覧者の垣根がない、背筋がピンと伸びる美術館だ。だからと言ってはなんだが、金沢の他の観光地に比べ美人が多いという主観的な意見も。
ミュージアムショップで売っているグッズもこの建物をモチーフにしたものが多く、まさに美術館ロゴが建物の俯瞰図なのだけれど。見ている間に大雨が降ってきた。吹抜の部屋そのものが作品だったりしたが、部屋中に反響する雨音が楽器のようでそれはそれでめったに体験できない空間、ということで金沢に行くならここを外すなスポット、満喫しました。