Archive for 3月, 2006

ゆとりダイヤ

月曜日, 3月 20th, 2006

早朝の通勤時、駅のプラットフォームに注がれる太陽がまぶしい。1月のサイトオープン以来、朝6時台に出勤しているが当初、会社に着くころようやく空が白んでいたのがうそのようだ。JRは3月18日に春のダイヤ改正を迎えた。昨年4月25日に起こったJR福知山線脱線事故の反省から、今回は初めて「利用者に不便になる」改正。私も先週までに比べ3分早く家を出た。大事故を防止するため、利用者は不便を少しづつ分け合わなければならない。とはいえ「都心に2分ほど早く着く便利さ」など大部分の人にとって端から必要ではなかったのだが。

日曜日に行われた野球のWBC日本対韓国の準決勝ではすっかり溜飲を下げた。ネット上の巨大掲示板はさぞ盛り上がっているだとろうとのぞいたのだが、一部で「WBC不参加のニューヨークヤンキース松井秀喜選手は非国民」との論調ができあがっていることに驚いた。

WBCは3度の日韓戦、誤審騒ぎなどで結果的に(日韓両国では)盛り上がったが、開催前の評判は散々だった。開催ルールや分配金の問題で日本はボイコットも視野に入れていたと聞いている。諸事情を考慮した松井選手の不参加決定は多勢に流されない意見として尊重されなければならない。

スポーツイベントを戦争に置き換えたらどうだろう。「WBC(戦争)は勝手にアメリカが始めたけど、もう日本は参加してしまった。イベント(戦争)に意義があるかどうかは置いておいて、とりあえず盛り上がっているのだから全員参加は義務。参加しない者は非国民だ」。昭和初期の戦争も当初は大いに盛り上がって、どんちゃん騒ぎに参加しないヤツは非国民だった。

中国で出会った韓国

金曜日, 3月 17th, 2006

今日の昼食は大阪東郵便局の東隣、韓国家庭料理「名月」で恐ろしく辛いがすこぶるうまい水豆腐定食を食べた。店のテレビで野球のWBCで日本がかろうじて準決勝進出を決めたことを知った。予選で2度も1点差の接戦を演じた韓国と3たび戦うことになる、楽しみだ。

先に準決勝進出を決めた韓国の選手11人はその功績により兵役が免除されることが決まった。韓国選手のモチベーションが段違いに高いのも当然だ。社会生活に2年以上のブランクをもたらす徴兵制はタイトな国際競争で勝ち抜かなくてはならない韓国の若者にとってマイナス面が大きい。

中国旅行で出会い3週間ほど寝食を共にした韓国の大学生2人のうち1人は幸運にも兵役を免除されていた。彼らは韓国トップの学力を誇るソウル大学の学生。政府が認定した企業で技術者として一定期間働くことで兵役に代えられる優遇制度があるというのだ。エリートの20代前半を軍隊で浪費させるのではなく専門分野をのばすことに費やすのは国益にかなう。兵役を免除された若者もエリートの自覚を持って働くことができるだろう。兵役に就かなければならない1人(それでも英語ペラペラのエリートなのだが)はその前に自由なことをしたいと僻地を旅しているのだ。

彼らとはラサの韓国料理屋によく通った。2人は辛いものを「ホット」ではなく「クール」と表現していた。汗をかいてスーッと涼しくなるからだそうだ。

【写真はカイラス山巡礼の一コマ。秘境といえども老年の西洋人ツアー客が増えてきたので、写真のように荷物を運ぶビジネスも盛況。偶然、バス停で知り合った韓国人2人と日本人2人でまわった】

中国の建物

木曜日, 3月 16th, 2006

コラムの内容を少しでも建設に近づける努力をしてみよう。上海あたりの大都市になると立派な高層ビルがあってエレベーター内にテレビがあったり(中国人はテレビが好きだ、地下鉄のホームにまでテレビを設置している)、そこまでやらなくても思うほどハイテクなのだが、地方都市に行くと素人目に見ても建物がどれも「張りぼて」なのだ。旅行中、約3週間行動を共にした日本人が一級建築士で「いやーおもしろい。日本だったらどれも審査を通らないよ」と妙に感心していた。

中国の建物で好きな光景が工事中のビルで見られる竹組みの足場。中層ビルまでならすべての足場が竹組みなのは、香港アクション映画でもおなじみだ。竹が採れない内陸部の工事現場ではどうだったろうか、忘れてしまった。1日バスに揺られると、乾燥地帯から温暖湿潤地帯をまたぐことがある。住宅が土づくりから木造住宅へ、ひとつ村を隔てただけで建て方が変わる瞬間があって旅情をかき立てる。

中国の優しさ

水曜日, 3月 15th, 2006

このコラムを読むと中国がとんでもない国のように思えてくるが、その実とんでもない国である。とにかく大きくすべてがそろっている。別の言い方をすれば格差が激しく、上から下まで何でもありだ。貧富の差も激しいが、それを制度で解決しようとせず、個々人の施しでまかなおうとしている。私は旅行中、物乞いを見ても一切お金を施さなかったが、中国人は気軽にお金をあげていた。あるとき、19歳の美人にさとされたことがある。「あの人たちはかわいそうだから、私たちが面倒見てあげないと。私は心が優しいから施してあげるの、あなたも心を広く持ちなさい」。

どちらが社会主義の国だか分からない。日本も以前は物乞いが多くいたが社会保障制度ですくい上げた。人々は制度によって最低限の生活を保障されるべきで、施しは良くないことだという考えも浸透している。中国(おそらく世界の大多数の国で当てはまる)では正反対、貧乏人は金持ちに施してもらうべきという考えがある。日本でごく少数存在する物乞いは本当に申し訳なさそうになりわうが、中国の物乞いはごく当然の権利を主張するように手を差し出す。余裕のある人はごく自然にその手に小銭を持たせる。それで世の中が回っているのだ。

【写真はラサの物乞い。この町は物乞いの数が多いので工夫を凝らしたパフォーマンスで人目を引くことも大切】

中国の安全第一

火曜日, 3月 14th, 2006

北京オリンピックに向けて槌音響く北京、下町の風景もここ数年でがらりと変わっている。どこもかしこも工事中だが、その工事風景は日本では考えられないほどワイルドだ。近年、日本の都心部ではマンションの建設ラッシュだが現場はパネルなどで覆われて実際の施工風景を見る機会は少ない。対照的に北京の繁華街のど真ん中でもうもうと土煙を上げて解体工事を進め、放水しているさまはなかなか見応えがある。

通りを歩く人は口に手を当て、現場を抜け出したあとで服を払っている。道路舗装工事を昼間の人通りが多い時間に囲いも警備員もなしにやるものだから、まだローラーをかけていないアスファルトの灼熱地獄を通行人がどんどんと踏み固めていく。たまにつまずいてヤケドした人が作業員と怒鳴りあっている。こうなると工事環境がどうのという問題を超えて「北京の工事現場」は、“日本ではもう見られない”的な観光資源になるのではないかと思えてくる。北京っ子はたくましくなるはずだ。

【写真:北京の繁華街・大柵欄にがれきの山】