これまで公衆浴場のことを「銭湯」と呼称してきたが、どちらかといえば関西では「風呂屋」という呼び方が一般的だ。これは江戸時代以前の習慣で、江戸(東京)では銭湯、湯屋、上方では風呂屋と呼んでいた名残である。これは単なる呼び方の違いだけではなくて江戸は浴槽に湯を張った湯屋が主体で、上方は室町時代からの蒸し風呂文化があり、浴場施設の構造・用途の違いに起因すると解説書のたぐいにはよく書かれている。
しかし、明治初年の京都で蒸し風呂が何軒あったかというと、湯屋に比べてほんとうに微々たるものだった。蒸し風呂が湯屋(銭湯)に駆逐されて200年も経つというのに京都、大阪の人は湯屋のことを風呂屋と呼び続けている。実体がなくなっても残り続ける、言葉の生命力はたくましい。今、家庭で入浴することを全国的に「風呂に入る」と言い、逆に「湯に浸かる」は古風な言い方とされている。この「湯」と「風呂」のコトバのせめぎ合いはなかなかおもしろい。