Archive for 2月, 2006

銭湯10中国の銭湯2

火曜日, 2月 28th, 2006

ホテルまでの道すがら、湯船のある浴池はないのかと尋ねた。湯船のある銭湯は「大浴池」と呼び、5年ほど前まではあったが現在はないらしい。あれは不衛生だからなくなって当然だとマネージャー。自分でも「大浴池はないか?」と十数軒の銭湯を尋ね歩いたが結局、北京で大きな湯船に浸かることはできなかった。

中国の銭湯で湯船に浸かることができたのは一度だけ、しかもウイグル自治区の省都ウルムチにある韓国式銭湯でのことだ。あかすりや足つぼマッサージ、韓国式のほかにタイ式やヨーロッパ式も取りそろえていますと普段使いではなく多分に娯楽施設。ほとんどの客はマッサージと仮眠をセットにして一晩ゆっくり過ごすらしく、私のように体を洗うだけの客は珍しい。湯船に浸かっている間中、ずっと隣に服を着た店員が立っていて「マッサージはいらないか」と話しかけてくるのだ。

銭湯9中国の銭湯

月曜日, 2月 27th, 2006

再開発下にある北京の銭湯を舞台に人情模様を描いた映画『こころの湯』(中国名『洗操』)を見て、ぜひ中国の銭湯に浸かってみたいと思った。北京の下町を歩いていると「浴池」「洗操」と書かれた看板がちらほら、そのうちの1軒に入ってみた。ホテルのようなフロントで靴を預けて、脱衣所へ。裸にはなるがビーチサンダルを履いて浴室へ行く。期待してた大きな湯船はなく、シャワーブースが数個あるのみ。中央にあかすり台が2つ並んでいる。体を洗っている間中、ボーイが近くにいてオプションを付けないかと聞いてくる。

中国の銭湯に入る機会も滅多にないだろうから、あかすりをしてもらう。手ぬぐい一丁まとった少年が「ポン、ポン」と口で不思議な音を鳴らしながらピリピリと体をこすりあげる、なかなか気持ちいい。入浴料が10元、オプションが15元で計25元、北京の物価からすると高くはなかったのだが、私は23元しか手持ちがなかった。ロッカーがあるかどうかも分からなかったので最低限しか持ってこなかったのだ。交渉したがまけてくれない。ホテルまで取りに帰るというと、信用できないからついて行くとマネージャー。銭湯からホテルまで歩いて20分ほど連れだって歩く。「2元回収するために往復40分歩くのか」などと軽口を言いながら。オリンピックに向けて槌音高い北京なれど、下町はまだまだ牧歌的だ。

銭湯8浴槽周りで

日曜日, 2月 26th, 2006

ひとくちに浴室中央に湯船があるといっても、まるいのんやらひょうたん型、タイル張りやら石造りと様々。とくに大阪では浴槽周りに「かて」(階段状の腰掛けのようなもの)がついていて、そこに腰掛けて浴槽からお湯をくみながら体を洗う習慣があった。戦後、壁面にカランを設置するのが一般的になり、昭和40年代後半にシャワーが設置されはじめてからは「浴槽水でなくカランを使いましょう」キャンペーンを自治体の衛生部局が張ったところもあって、現在では浴槽周りで体を洗う習慣はなくなった。・・と思っていたがどっこい、大阪市南部のレトロな銭湯に夕方入りに行ったら、4人いた客がそれぞれ浴槽周りに腰掛けて体を洗っていた。シャワーは壁側にちゃんと付いているのにわざわざ湯船の湯をかい出して洗っている。「いつの時代やねん」と思わずつぶやきツッコミ。設備が革新されても身に付いた生活習慣は変わらない、習慣の力強さには畏怖の念すら感じるのだ。

銭湯7浴槽の配置

土曜日, 2月 25th, 2006

大阪と東京の銭湯の特徴的な違いとしては、浴室での浴槽配置が挙げられる。東京型は浴室奥に浴槽があり、壁に富士山絵というのが伝統的だ。一方、関西はじめ地方型は浴室中央にだ円形や長方形の浴槽が鎮座する。奥に浴槽があれば釜場から直炊きできるが、中央にあると配管を通して湯を送らないといけない。当然、ボイラーや配管など設備面でも地域性がでるわけで、各県ごとにボイラーなどのシェアを見るとおもしろい。

銭湯6銭湯の富士山

金曜日, 2月 24th, 2006

銭湯のイメージはと尋ねて「ああ、懐かしいね。富士山の絵が描いてあって・・」と大阪出身の人が答えたならその人は銭湯に入ったことがないかもしれない。富士山のペンキ絵は東京の銭湯に特徴的にあるもので、地方の銭湯にはあまりなく、とくに関西の銭湯ではほとんど見られない。TBSの銭湯を舞台にしたドラマ「時間ですよ」はじめテレビの影響で、銭湯=富士山イメージが定着した感は否めない。富士山を一目見たくて京都の銭湯を何十軒と回ったもののとうとうお目にかかれなかったという友人がいる。京都では富士山よりも保津峡下りの壁絵がメジャーなのだ。