2005年11月 のアーカイブ

リハビリ

2005年11月17日 木曜日

中国旅行をブログにまとめようと思いつつ無為に帰国後一週間は過ぎていく。思い出ははるか遠くに。カタコト中国語のけんか腰の会話感覚は薄れていくのに、日本語は思い出せずのエアポケット。

郵便物などを整理、こたつを出して一服。そういえば会社を辞めてから一年半になる。うち一年間は大学で、そのあと中国語の講座を受けたり旅行してスキマを埋めていたが、30歳前が一年半、一円も稼がんというのはどうだ? 何かもったいない。オレがもったいない! 今やMOTTAINAIは世界共通語! ・・というかあれだ。意外と私は嫁はんと一緒に飯作ったり、子どもを肩車する生活がしてみたいんだ。カイラス山でヤクの糞を避けながらずっと考えていた。早いこと、カネ稼いでおこう。

しかし、あても志もないので何をしていいか分からず、まずはリハビリからと用事もないのにスーツを着て出かける。「いやー、オレってスーツ似合うなあ。無職には見えないわ」と軽口をたたきながら、スーパーでバナナを買って帰る。

帰国しました

2005年11月13日 日曜日

11月10日昼に上海フェリー蘇州号が大阪・南港に到着。

2か月ぶりの大阪は、上海の高層ビル群に比べてずいぶんこぢんまり清潔にまとまっている。日本の空はこんなに青くて澄み切っていたんだ。何もかもが上品で、車窓からの九条の町並み、典型的雑然さをたたえていると思っていた下町でさえ、眺めているとそのきまじめさに笑みがこぼれるくらい潔癖である。

OTS線から市営地下鉄への乗り入れは今年7月から値段が安くなっていた。きっと以前のトンネルを越えたら値段がはね上がるシステムのままだったら、中国帰りのナイーヴな金銭感覚では卒倒していたに違いない。

フェリーの中では一日に3時間も展望風呂に入って、上海のキャプテン・ユースにAくんが置いていった魯迅の短編集を読んでいた。中国ではシャワーばかりで自分の体に向き合う時間がなかったが、そのときはひさびさに鏡に体全体を映してずいぶんやせたと感じた。家に帰って体重を量ると出国時から6キロも落ちていた。

ラサで暴飲暴食していた時は太っていたので、雲南から長江沿岸を帰ってくる間に急激にやせたのだろう。日本に帰って2日間はその反動から食っちゃ寝生活を満喫、ブログやメールで帰国報告をおこなうのもすっかり忘れていた。みなさん、すんまへん。恥ずかしながら帰ってまいりました。