速い、速すぎですよ、奥さん。ということで今、武漢に来ています。
成都のユースでは、ラサからのバスで一緒だったナナコさんとばったり。彼女はラサから成都へ途中の町に寄りながらも一途に向かうコース、私はラサから雲南に向かい観光してから成都へUターンするコース。当然、私の方が遅いはずなのに成都には私が一日早く着いた。「速すぎる」、自分でもそう思うがそれが性、業なのだ。
その成都は滞在したシムズ・ユースホステルは最高だったのだが、『地球の歩き方』に載ってるような観光地はどれも心を揺さぶらず。道教も仏教もけっきょく漢民族エリアの大都市にあるものはすでに「祈りの場」ではなくガランドウ。どの寺院・庭園も来るべき本格観光ブームに向けて槌音をひびかせ施設の建設に余念がない。入場料はどれもガイドブックに載っている金額の倍以上、値上がりのペースに改訂が追いつかない。
成都は2泊、昼間に観光して夜行バスで重慶に向かおうと10月29日の朝チェックアウト、バスターミナルへ行き荷物を預けてからパンダを見てDVD漁ってイトーヨーカドー・・と計画していたのだがターミナルがあまりに市街から離れていたので町に戻る気が失せ、そのまま切符を買って重慶へ。
重慶は坂の町、山に建物がへばりついている。同じ坂の町でも日本の長崎のように透き通った青空ではなくどんより霧のかかった陰鬱な巨大戦艦。第一印象でここは長くいるところじゃないなと思ったので降車したターミナルで客待ちバイクを拾いフェリーターミナルへ直行、宜昌行きの観光船らしきフェリーの4等切符を買う。朝は成都にいたのに夜には重慶を出発する船に乗っていた。そう、こんな感じでいきなり高速移動してしまう。
船は格安だけあって4等はタコ部屋、一人でも狭いベッドなのに、見ると中国人は夫婦二人で寝ている。ベッド一台につき幾らという計算なのだろうか、カップル喫茶に一人で紛れ込んだようで居心地が悪い、中国人の夫婦は日本人から見ると仲が良すぎる人が多い。ちなみにタコ部屋から景色はほとんど見えない。見晴らしのいい甲板に上がるには5元の入場料がいるすばらしき階級社会、これが中華人民共和国。そして最初は5元の入場料がいるからと甲板に上がらなかった乗船客も誰か一人が服務員の隙をついて無料で上がったらそれにならってみんな金を払わずに上がる、なし崩しの自由社会、これも中華人民共和国。
船で2泊して宜昌、そこから武漢に向かうため船中でバスの切符を買った。下船後、バスに乗る人たちが一団となって歩いていると、公安(警察)が大きな荷物を持った集団が歩いているのは怪しいと(いう理由なのか中国語が聞き取れなかったので分からないが)ガイド役を拘束。彼が派出所で取り調べを受けている間にバスが出てしまって、次のバスを探すのが大変だった。
今は武漢のネットカフェでブログを更新している。地方都市はWindows2000がほとんどでGlobal IMEもインストールできない設定のところが多く、ここを探すのに苦労した。武漢は特に興味をそそる見所はないが、私が3か月中国語を習った老師が武漢の出身なのでなんとなく来てしまった。数時間かけて市場を見て回ったが長江流域の集散地らしく、竹の棒を持った担ぎ屋がたむろしている裏通りの社区風景は独特。写真を撮りたかったが私は小心で生活者がいるシーンを写真として切り取ることができない、つまり人が撮れないことがこの旅行で分かった。これも性、業なのだろう。
今晩の夜行列車で南京に向かう。2か月間で何度、南京大虐殺についてからまれたことだろう。みんな30万人という、どこから出てきたのか分からないアバウトな数字にこだわっている。そして私の見たところ南京について言及してきたりテレビドラマで出てくる日本兵の真似をして冷やかしてくるのは地元の低所得者ばかり。香港や広州、上海から来ている金持ちの旅行者(実際の日本人とビジネスで接点があるだろう階層)はそんなことは言わない。どの社会、どの時代でも国外に仮想敵を作り国民の不満の矛先を向けさせるのは為政者の常套手段だ。日本はそれで60年前に失敗したからこそよく分かる。3元出せば腹が一杯になる食堂がある反面、観光地の入場料は100元、金持ちと貧乏人の格差は広がるばかり。発展の影で今にも爆発しそうなマイナスの感情が渦巻く中国で、その不満を昇華させる文化装置としての「南京」「反日」、南京でその本質について考えてみたい。