Archive for 10月, 2005

成都、デカイ

金曜日, 10月 28th, 2005

ラサには結局10日間滞在。その後、今年の6、7月に開通したラサ―シャングリラ間の寝台バスで丸3日かけてシャングリラへ。日本食でダラダラしそうだったシャングリラは一日で切り上げ、とりあえず麗江が内容の濃い2日半、「麗江も大理も同じようなもんですよ」という旅行者の言葉を信じて大理には行かず、成都方面のバスに乗った。

バスで知り合った中国人のカップルに彼らの地元である楽山・峨眉山を案内してもらうため、勢いで途中下車。楽山大仏を眺める砂浜に名前を書いて記念撮影したりの青春のひとコマ、彼女の母校を見学したり辛い四川料理をご馳走になったりの2日間を経て今晩、成都に到着、カイラスで知り合った心くんお勧めのユースに宿をとった。

ラサ一週間

月曜日, 10月 17th, 2005

ラサに来て一週間が経った。シャングリラ行きのバスが20日発なので、あと2日はラサにいる。

バスのチケットを買いに行って靴擦れになった。昨日ごっついトレッキングシューズを買ったのだ。これまで履いていたナイキのペラペラのスニーカーのあまりの臭さに耐えられなくなったから。あのスニーカーは一時間履いただけで靴下を腐らせる力を持っていた。靴を試し履きするときに店員の鼻の動きが気になって仕方なかった。

この一週間それなりに寺院や宮殿を回った。チベット仏教の寺院がおおよそどんな形態・雰囲気なのか肌になじませた。街も歩き回って帽子を買った。食指が伸びる民俗的な意匠の服や鞄、アクセサリーはみなネパール産、ユースホステルや周辺のゲストハウスにいる友だちはほとんどネパールへ旅立つようでうらやましい。

今日は昼間からビールを飲んでこうしてブログを書いている。今夜は明日ネパールへ旅立つ韓国人のシオンとフンスと晩餐。旅人の別れは淡白なものだが彼らとはイエチョンから2週間以上ずっと同じ屋根の下だったから名残惜しい。

ゆるいラサ

水曜日, 10月 12th, 2005

久々のシティーライフ、といっても10日ぶりだが、なんと言ってもラサは省都なのでとても便利。昨日(11日)は午前中はゆっくりと日記を書いて、午後は町をぶらぶら。

一着しかないパンツ(いわゆるズボン)を洗濯してパジャマパンツをはいていたので遠出はしないつもりだったが、定食屋で3年間旅を続けている日本人と出会って歩いていると前からカシュガルで一緒に食事をしたタカハルくんがやってくるという偶然で盛り上がり、3人でセラ寺観光。そこでまたユースホステルのとなりの部屋にいる人と知り合って、チャイを飲んだり、買い物をしたり。長い間滞在している人のお気に入りの店を教えてもらって、また私が次に来た人に紹介する、当たり前なんだけどこういう旅は初めてなので新鮮で楽しい。

夜は日本人7人で韓国料理屋、焼肉をたらふく食べたあと、美人ママのいる飲み屋でチャンを飲んだ。ユースに帰ったら宿代を払えとスタッフが部屋の前で待ち構えていた。

西チベットからラサへ

火曜日, 10月 11th, 2005

カシュガル滞在一週間で知り合った日本人がほとんどいなくなったので焦っていたところ、偶然に食事を共にした日本人が西チベットに行こうかホータン周りをしようかと迷っていたので「チベット行きましょう!!」と一押し。食事後に防寒具を買い込み、次の日の朝には出発。ちょうど国慶節の10月1日、カシュガルの人民広場・毛沢東像の前には、ザックザックと動員された人々が集まってくるのを尻目にタクシーに乗り込んだ。とんとん拍子に交通手段が見つかり(その代わりに交通費はべらぼう)、4日にはタルチェン着、3日間かけてゆっくりとカイラス山巡礼、次の日マナサロワール湖で水遊び、その帰りにランドクルーザーを捕まえてラサに10日に到着。カシュガルからラサまで10日間というハイスピードで西チベットを横断した。もっとゆっくり見たい気持ちと10月の閑散期だから交通手段があるときに捕まえておかないと危険だという不安の葛藤、日本人2人と韓国人2人の計4人の団体行動だから安全策をとった。今はほっとしているだけで、どんなものを見たり経験したか、その感想はまだ浮かんでこない。じっくり時間をかけて心の中で取捨選択されるのを待とう。