23歳11か月
朝にJR福知山線脱線事故、ちょうど昨日、両親が尼崎駅を経由する用事があったので兄が心配になって電話をかけてきた。事故直後で原因がはっきりしない中、テレビから繰り返し流れてくる断片的な情報、「運転士は23歳、運転歴11か月」。さもそれが事故原因のように繰り返される。
昼食時に母が「23歳が事故おこしてんて、恐いなあ」とテレビに同意するかのように話したので、思わず「母さん、地震のときにテレビで『被災地で外国人が放火しています』とゆうたら、ほんまに外人狩りしそうな愛すべき単純さやな」と皮肉ったら、プイと横を向いてしまった。
経験不足があったにせよ、それは複合的な要因の一つに過ぎない。事故直後に「23歳11か月」とタイトルして報道する必要性があるのだろうか。それを見た「良心的な大人」は事故の犠牲者に涙し、23歳11か月にまゆをひそめる。しかし、経験不足な23歳のころは誰にでもあったはずで、その年齢と経験自体で運転士もJR西日本も責められるべきでない。そんなに社会が不寛容で溢れているのなら、いっそのこと、日本の鉄道会社は運転士が「30歳、運転歴10年」になるまで“低所得で人権意識が確立していない外国”かどこかに訓練期間と称して派遣すればいい。そこで経験不足の若い運転士が事故を起こしても「乗客に日本人はいませんでした」(以下リフレイン、byイエモン)で良心的な日本人は安心するだろう、めでたしめでたしだ。
被害者のご冥福をお祈りします。が、我々が運転士やJR西日本を感情的に非難する必要性はないと思う。感情的な人はすぐ忘れるんだから。