平田オリザの現場

昨日の映画『貸間あり』のラストで桂小金治が「さよならだけが人生だ」と言っていた。今日見たビデオは、平田オリザの現場12 青年団第40回公演『さよならだけが人生か』、字面だけで内容はあまり関係なさそう。

先月に京都芸術センターで演劇、五反田団『いやむしろわすれて草』を見た。セリフの言い回しや間、どこで笑わそうとしているかの笑いのツボなどがどうもしっくりこずに心にひっかかったままだった。関東と関西の違いかな? この劇団の芸風? ひょっとして今まで私が関西で見てきた演劇はみんな嘘っぱちでホントの演劇とはこういう間の取り方なのかもしれない、・・こんがらがってきたので、五反田団と役者がかぶっている青年団のビデオを借りてきた次第。

『さよならだけが人生か』

平田オリザがこの作品を表して、あまりかっこよくない前衛、と言っていた。『いやむしろわすれて草』で結婚適齢期の姉妹の父を演じた志賀廣太郎はこの劇でも同じような哀愁おやじである。人物がみな、むずがゆくなる人の良さそうな話し方なのも同じである。なし崩し的にはじまり、オチなく終わるのも変わらない。雨の工事現場の事務所で作業員、発掘バイト学生、ゼネコン社員、文化庁職員などが入れ替わり立ち替わり劇中ではなにも結論が出ない会話を重ねるだけで、それぞれの人物の人となりや境遇に共鳴することはあっても劇全体としてはその意味を把握できずに焦った。「おれって感受性ないんだよなあ」、その不安はパッケージの説明文を読んで緩和された、「青年団史上、もっともくだらない人情喜劇」。

平田オリザの現場14 青年団第46回公演『南島俘虜記』

国際法の遵守が求められる現代の戦争(つまり、戦争といってもある場所や条件によって人権が守られるへんてこりんさ)へのやゆと捕虜収容所での退屈と危機感のなさがテーマ。捕虜収容所は現在の日本の姿でもある。と感じるのはまさに私の日常がこの捕虜収容所と同じようなものであるからだ。捕虜のセックスは禁止なのに妊娠する女性兵がいるユルユル状況で、日本兵に反感を持つ現地の少女が「生きること以外全部禁止にすればいいのに!」と言い放つ、でもいっそのこと全部禁止された方が緩慢な退屈さよりはましなんじゃないかと思ってしまうほど、日本に生きる私は平和ボケ、やめられまへんなあ。

『いやむしろわすれて草』での違和感は、『さよならだけが人生か』が作劇方法も役者も似かよっていることからそのままシンクロしており、『南島俘虜記』では薄まっている。『南島-』は役者がほとんどかぶっていないことが大きいが、収容所で交わされる“非日常”会話は不自然なものだし、その不自然さは私が演劇としてしっくりくると感じる「ちょっと気張った間」に近いのかもしれない。それにしても青年団(五反田団)の日常会話、しっくりこないなあ、関東の人みんなああなの? 教えてエロい人。

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