すたっと京都 DN18

朝から京都に行く。人と会って、昼は王将太子道店。

昼からは新しく吃音者のセルフヘルプ・グループを作る、その打ち合わせに参加した。11月に発足させるがまだ正式名称が決まっていなかったのでみんなで考える。「すたっと京都」、英語で吃音を表すstutterをアレンジしたもの、とっさに出たアイデアのわりに納得のいく語感だ。

吃音(どもり)は治らないと思っている。治る治らない論争はここ数十年繰り広げられているが、それは障害の度合いによるとしか言えない。いや絶対に治るはずだ、私は治ったからあなたもこの方法を試せば治るはずだとセルフヘルプ・グループの中心で叫ぶ人がいたら、その人は「自分の考えを押しつけない、他人を批判しない」というセルフヘルプの基本を無視した議論の資格もない人だ。

吃音症状を一からげにしても、幼児期に発症してそれが大人になるまで続いている人なら治らないと考えた方がいいし、大人になってストレスで発症した人ならそのストレスが軽減されれば治る可能性があるということ。それにも増して、症状の原因となっている本質的な障害が十人十色だと思う。果たして高機能自閉症のような発達障害の結果として発語において吃音症状が発生しているのか、また、最近調子が悪いという吃音者が病院に行けば鬱病だと診断されることもあろう。詳しいことは不勉強だが、せっかく吃音者という共通点で集まっても、いや、吃音という表層的であやふやな共通点で集まるからこそ、分かり合えずに傷ついてしまうことが多い。各自が抱える「結果、吃音症状として現れる本当の障害」には誰も触れることができない。

症状の治療を考えたとき、私は吃音者というカテゴリー、吃音者のセルフヘルプ行為に懐疑的だ。しかし、吃音によるコミュニケーション不全を改善する、または他人の経験を自分の糧とできる場として、同じ吃音者が集まり、他人の目を気にしないですむ環境づくりは大切なことだと思っている。とにもかくにも、新しいグループを作るときの高揚感は得がたいものだ。

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