銭湯13京都の銭湯3

京都の銭湯に話を戻す。京都は昔ながらの番台式が約8割と大多数。しかし、番台に座らずに脱衣所で接客しているところも多い。昭和40年代までの入浴者が多かったころは、脱衣場で子どもの世話をしたり荷物を整理したりする「おなごしゅ」(従業員)が、客が来るとカゴを用意してトントンと床をたたきホコリを落としてから客に手渡していた。そのときに番台に座っていたのは浴場業者の妻がほとんどであった。経営者を含め、男性は脱衣場には出ずに釜場を担当していた。

しかし、客数の減少にともない従業員を雇うことができなくなる。妻が番台での料金の受け渡しもカゴの手渡しも担当しなければならず負担が大きくなった。そこで釜場の自動化で手が空いた男性である主人が表(脱衣場、番台)に回るようになったのだが、それは昭和45年ごろのことらしい。当時、「女は番台というのが習慣だったが最近は混同してきている」 と風呂屋の大将は憤慨している。男性が番台に座るのは京都では経営者側も入浴客側も抵抗があったようで、自然に番台に座らずに(男湯の)脱衣場にイスを置いてそこで接客するようになったらしい。

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